現代デジタルカメラ事情。
我々写真愛好家には大変嬉しい限りだが、熾烈なカメラメーカーの仁義なき戦いにより、最近のデジタルカメラの発展は目を見張るものがある。特にデジタル一眼レフカメラの画素数のアップやフルサイズ仕様、これでもかと、あの小さなボディーに押し込んだ儲け主義で余り必要無い過剰機能装備がぎっしり!でもこんなにカメラが発展して誰にでも簡単に良い写真が写せる時代、写真展に入賞する作品は限られている…!それは一言で言えば、カメラを手にする人の資質によるからだ。もっと砕いて言うと、カメラに振り回されるのではなくカメラを良く理解し、写心表現の道具と意識し、どのように使いこなすかにある。最近中高年のアマチュア写真家達と関わっているといろいろなケースに遭遇する。整理してみると。
・まるっきりデジタル音痴で、今まで使い慣れた銀塩フイルムに理屈を付けてしがみついて居る人。時代は常に変化してるのに!・デジタルのメリットは頭では理解出来るが、パソコン操作を伴うと、どうも苦手と言う人。・デジタルも銀塩も両方公平に使ってみて理解し、撮影用途によりその良さを上手く使い分けてる人。・デジタルの経済性や便利さに目覚め、いち早く切り替えて使いこなしている人。 等々…!でも、銀塩を熟知してる中高年者ほど屁理屈を言いたがる。「まだデジタルはフイルムに敵わない!」「デジタルのノッペリした感じは、不自然で抵抗がある!」など自分の作品の程度はさて置き、聞きかじりの話を観念的で実しやかに力説する者が多い。かたや若者はデジタル時代が写真のスタートと言う人が多く、デジタルがあたり前で何の抵抗も無く使いこなしている。以前にも話したが、若い報道カメラマンで、フイルムを使った事が無い者も居る。元来写真は自己満足の表現の世界、その表現手段にこれしか無いとか、これでないと写真で無いなどと言う決りはどこにも無い、銀塩しか無かった時代と違い、表現手段も幅広く、頭の固い中高者の中には消化不良を侵す者も居る。又粒子で構成されている銀塩写真と、ドットで構成されているデジタル写真は根本的に別物で、どちらが優れているとか、どちらが写真表現に最適かと言う話でも無い!プロ以外は表現する手段は自由で、写真の楽しみ方も幅広い。・中判、大判でチョ~リアルで鮮明な写真を求める人。・スナップやドキュメンタリー写真が専門で、画質よりテーマや機動性を重視して道具を選ぶ人。撮影その物より、機械としてのシャッター音や手触りなど持つことに喜びを感じる人。・銀塩フイルムの粒子で構成された写真のコクや深みに重点を置く人。自分で如何様にでも加工出来るデジタルの利便性や経済性を選ぶ人。最終的な写心として表現するとき、作者の考え方や、価値観で選べば良いだけの話だが、驚くことに有名写真コンテストで「デジタル出力の作品は受け付けない」とか「出品作品は銀塩プリントに限る」などとする、自称エラ~い写真家先生と言われるボンクラ審査員のコンテストも今だに存在する!







































